留学希望者が知るべき、日本とイタリアの音大の教育内容の違い

今回は日本とイタリアの音大の教育内容の違いについて書きます。

多くの場合、まずは日本の音大に入学することが目標で、入学してから留学に興味を持ち、まず日本で大学・大学院をやってから海外へ・・・と、考えているかたも多いかと思います。

最適なタイミングは人それぞれで、人生の選択に正解もなければ不正解もないので、それはそれで素晴らしい選択だと思いますが、イタリアの音楽留学において事前に知っておいたほうがいいこともたくさんあります。

さて、私が音楽院に在籍していたのは、Triennio, Biennio含め、2011年から2017年まで。入試を受けたのはもう10年以上も前のことですから、そのあたりは現役の留学生がたくさん最新情報をブログ等で発信していますので、そのあたりは彼らにまかせるとして、ここでは私が体験したところの「授業や試験の違い」について書いていきます。

目次

ピアノ個人レッスン

ピアノの個人レッスンについては、大きく変わるところはありません。ただ、「レッスンは自分一人のものではない」ので、ほかの門下生が見学していることも多いです。

実技試験は、年度末に1回。少なくとも45分以上のプログラムでした。3年のうちに、バロック、古典派、ロマン派、近代、現代、エチュード、コンチェルトを網羅するようにプログラムを構成する必要があります。つまり、そこそこ忙しいです。

音楽史

入試で問われる音楽史の知識

私が最も違うと感じたことのひとつは、音楽史でした。日本では音大入学後に音楽史の勉強を始めますが、イタリアでは音楽史は入試の科目に設定されているくらいなので、基本的なことは高校生まででおわらせています。

ちなみに入試は論述で、5つくらいお題が用意されていて、その中から任意の2つを選び、回答するというものでした。記憶も定かでないので、あくまでも例ですが、

・古典派のピアノソナタの形式について

・オペラ≪フィガロの結婚≫とその政治背景について

・ベートーヴェン以降のシンフォニーについて ・・・etc

みたいな感じで、もっと詳しく問題が設定されていて、自分が詳しく答えられるところを選び論述するという形式です。全学科共通の試験なので、ピアノ科がオペラの問題を選んでもいいということです。ここですでにイタリア語がわからないと、撃沈します。

音楽史の授業と期末テスト

さて、そんな入試を乗り越え、音楽院の授業が始まります。音楽史の基礎的な流れは、高校生までですでに勉強しているので(イタリアの学校制度では、いわゆる普通科というのは中学までで、高校から専攻を選びます。つまり、音楽高校でみんな勉強しているのです)、先生により内容も進め方も違うと思いますが、私が体験したところでは、「シンフォニーの歴史を軸に音楽史を見ていく」というやりかたでした。

1年生でマーラー、2年生でシベリウス、3年生でチャイコフスキーとブルックナーを全曲扱い、その楽曲分析をしながら、世界史や文学史、哲学、さらにはギリシャ神話などにも話が及び、最終的に目の前のオーケストラスコアに戻ってきます。当然シンフォニーだけでなく、ピアノからオペラから、幅広く楽曲の知識が必要でした。

その時の私はイタリア語がわからず非常に苦労したのですが、今思い返せば、作曲家別にその音型から何を描写するのかを考察したり、音楽の理解を深めてくれるとても素晴らしい講義でした。

イタリアの大学課程は3年間で、3年間必修です。つまり、1度でも単位を落とせば、留年確定です。

試験は年度末に1度、口頭試問です。3人ほど面接官がいて、彼らを相手に自分の知識をひたすらしゃべるというのが、イタリアの試験の特徴です。

私は、しゃべる内容を毎回書き起こしてスピーチのようにして内容を覚えるようにしていました。これを3年間やるのは、相当な根気が試されます。

和声学

次に大きく異なると感じたのは、和声学でした。日本では入試で和声学がありますから、すでによく勉強しているという人も多いでしょう。しかし、意外な落とし穴があります。それが、「表記の違い」です。

日本の音大のほとんどは、いわゆる「芸大和声」と呼ばれる、音楽之友社から出ている、赤や黄の本を使っているはずです。これはこれでいいと思うのですが、こちらは「日本人が書いた日本人のための教科書」です。ひとたび海外に出たら、まったく通用しません。

イタリアをはじめとする外国では、通奏低音の楽譜でみられるいわゆる「数字付き楽譜」の表記の仕方を用いて和声学を勉強します。本来こちらが元祖なはずですので、日本で初めて勉強するときに、日本でしか通用しない表記で覚えてしまうのは、いざ留学を始めたときにちょっと不利になります。

同じことを表していても、表記が違うというのは、まるで外国語を覚えるのと同じようなもので、はっきり言って二度手間です。

習得の順番も日本とは異なっています。例えば日本の教科書だったら3巻にならないと出てこない、ⅢやⅦの和音は、西洋では1年生の初歩から出てきます。カデンツの種類や問題の解き方も違うので、日本で覚えたやりかたはいったん忘れるという柔軟性も必要です。

私の場合は、1年生の後半ですでにソプラノ課題を解き、学年末の試験ではバッハのコラールの形式での和声付けでした。

しかし、1から勉強しなおしていいこともありました。それは、バロック以前の通奏低音の数字付き楽譜が読めるようになったことでした。やはり、西洋のやり方のほうが、すぐに演奏に直結させられます。

和声学はイタリア音楽院での入試の科目になっているので、実技と合わせて日本での準備が必要です。

このあたりは、「ヨーロッパに留学経験のある作曲科の先生」に習うことが必須です。なかでも、イタリア語の音楽用語がわかる先生に出会うことができれば、準備としては問題ないでしょう。

副科 オルガン・チェンバロ

私が通ったチェゼーナ音楽院では、ピアノ科の学生はパイプオルガンとチェンバロが必修科目でした。これが意外にも、ピアノの理解の助けになったのを覚えています。

副科実技という点では、日本の音大と特別変わるところはありませんが、ひとつ大きな相違点を挙げるとすると、イタリアの音楽院では副科実技でも、30分程度演奏したことです。つまり、主科とほとんどかわらず、けっこうガチでプログラムに取り組む必要がありました。

Consapevolezza corporea(身体意識)

これは日本の音大ではまったく勉強しない授業です。「身体の使い方を意識する」ための授業です。

今思うと、たぶんアレクサンダー・テクニックがベースになっているのかと思うのですが、演奏するための身体の知識を、ヨガみたいなことをしながら学ぶ内容でした。

1年生の時の必修で、身体の部位の単語も相当詳しいことを知っていなければならず、口頭試問の試験では何をしゃべればいいのかさっぱりで、留学1年目だった私は、さすがにこれは単位を落としました。

Teoria, analisi e composizione(音楽理論、分析と作曲法)

こちらは「音楽理論、分析と作曲法」という、日本でもありそうな名前の授業ですが、日本で学ぶそれとは、ずいぶん違う様相でした。

全学科共通の授業でしたので、ピアノだけの知識ではまったく歯が立たず、オペラやシンフォニーや幅広くすでに知識を持っていることが必要でした。

内容は非常に哲学的であり、演奏の理解に直結するものもたくさんある、本当に素晴らしい内容のものでした。

「なぜバッハの平均律は24なのに対し、インヴェンションとシンフォニアは15で完結なのか」「なぜフーガが現代の作曲家にも受け継がれているのか」「なぜベートーヴェン以降シンフォニーの数は減ったのか」など、紀元前の宇宙の天体の話からギリシャ神話から、かなり本質的な話がかなりあったのですが、イタリア人でも苦労して勉強していた内容を、外国人がこの授業についていくのは本当に難しいことでした。

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