イタリアのある音楽院でのこと。
たまたま日本人学生の入試の実技試験に立ち会いました。
そこで教授たちの会話が耳に入ってきました。
「日本人は指は動くが、音は汚い」
この言葉に衝撃を受けました。
日本人のピアノの音
「音は汚い」という言葉ですが、”sporco(汚い、汚れている)”という言葉が使われていました。
どういう意味合いで使っているでしょうか?何が原因だったのでしょうか?
音がカンカンとなって音がきつく、心地いいとはいえず、耳障りに聞こえてしまう。
おそらく緊張や硬さもあったのでしょうが、それだけではないでしょう・・。
これは声楽の学生でも同じことを聞いたことがあります。
日本の某有名音大を出て、受賞歴も多数の有望な若手だった方がミラノに留学したのですが、
教官からは「君の音は響き方がきつくうるさいから、次のSaggio(発表会)には、残念だが出られない」という言葉を言われたそうです。
口が悪い、そこまで言わなくても・・と思うかもしれませんが、音楽の世界は仕事を得るのが厳しい世界。
教える方も真剣です。この指導者や観客の美へのこだわりが、今も脈々と人々のDNAの中に息づいている。
それが、イタリアが芸術大国である所以なのです。
こうした海外の洗礼は多くの日本人学生にとって重くのしかかり、加えて言葉や生活の問題もあります。
日本人学生の音が評価されない理由
なぜ、音がうるさい、汚い、と評価されてしまうのか。
イタリアは芸術や美に関することにはとりわけ感性が高く、厳しいです。観客も、例えば王立劇場のあるパルマなどでは、耳の超えた観客たちが、美しい演奏に飢えた状態で!劇場にやってきます。
そんな国で10年も揉まれ、私がたどり着いた答えは、これです。
基本的な奏法の構築法のズレからくる「硬さ」が定着している、ことです。
音色の良し悪しは、ピアノの場合「手首」で決まります。
手首が脱力できていないと音は固くなり、カンカンと耳をつんざくような音になります。
そのような状態で劇場で演奏すると、ピアニッシモの音がホールの奥まで届きません。小さい部屋のようにごまかしが効きません。大きなホールで、ピアニッシモの音が遠くまで届く、これはとても大事な要素です。
打鍵の仕方が悪いと、ハンマーがパッと弦に張り付いたような感じになり、観客席の奥まで飛ばないどころか、ピアノが美しく鳴ることもできず、心を魅了することもないでしょう。
そして、海外では当たり前に行われていて、日本では一般的ではない「打鍵の基本」や「支えの作り方」「独立分離荷重」「体の操作法」などをマスターすることで、音色が美しく磨かれ、遠くまで飛ぶようになり、さらには作曲家によって音色を変えることができ、演奏の幅が大きく変わります。
私が提供する脱力法トレーニングでは、まず第一段階として、体全身をほぐし、体の内部の筋肉を使う方法を実践するのですが、それはピアニストだけのものではなく、全ての音楽家に共通して有効なプログラムです。健康にも良いです。
例えば声楽家の声が、2〜3時間後には全く違うものになります。これまでになかった、伸びやかで、軽やかで、ストーンとまるで、大谷翔平選手の打球のように(イチローのレーザービーム?)飛んでいく声に変わり、驚かれます。もちろんピアニッシモでも飛ぶ音になります。
ピアニッシモはそんなに飛ぶのか?答えは”Si(イエス)”です。
例えば、ソプラノの名歌手だったマリア・デヴィーアさん。彼女のピアニッシモの歌声は、劇場の奥まで届いていたのですが、とても不思議でした。
びっくりするほど細い線の音なのに、その線が波打ちながら、少しも切れずにスーッと奥まで伸びていく。
音というのはこんな飛び方をするんだ、これがピアニッシモの音なのか!とただただ驚かされました。
確かに、こうした音の響かせ方を知っている人たちの耳には、カンカンとした音は「汚い」「うるさい」と聞こえてしまうのです・・。
ピアノの音を磨く、ミケランジェリの教え
私がフィレンツェで師事していた先生は、アルトゥーロ・ミケランジェリの指導を受けた人です。
ミケランジェリは若き日の先生にこういったそうです。
「曲を弾かなくていいから、一音で私を魅了しれくれ」
音を磨く、これはピアノではなかなかやらないことでs。
他の楽器と違い、押せばなるからです。
だから音を磨くということをやらない。磨き方や美しい音を出すための基本的な奏法が存在するということを知ることもなければ、求めることもない。
卵形の手は間違いではないけれど、その前にやるべきことがあります。それをしないことで、手首が硬くなる、支えを作る場所を間違ってしまう。卵型は、最後にたどり着く形の一つであって、最初から形だけそれをする弊害が実は多いのですが、そのことをまず知る必要があります。
そして指で弾くようになり、手首は固まる、そして、海外で壁にぶち当たる。あるいは腱鞘炎など怪我につながる。
では留学で全て解決するかというと、そうではありません。先生によっては、奏法が日本人の体に合わないこともあります。
譜読みなどいろいろなことが勉強になるけれど、自分の体にあった、体の負担の少ない奏法をあらかじめ身につけておくことはとても大事です。
海外に出てから基礎からやり直すよりも、基礎は海外基準で身につけておき、その上で海外で学ぶ方がはるかに対費用効果があるわけです。
どんなことでも、相談にのります。一緒に課題を見つけ、取り組んでいきましょう!