私は、国立チェゼーナ音楽院で5年、ローマのサンタ・チェチーリア国立アカデミアで3年勉強しました。プライベートレッスンの様子は先生により様々ですが、私が体験したレッスンの様子を紹介していきます。
イタリア国立音楽院の大学院課程 オペラ伴奏(コレペティ)のリアル
さて、音楽院の大学院課程(Biennio)は、オペラ伴奏、通称コレぺティを選択しました。
結論から言うと、どうにか意地で修士論文を書き修了したものの、二度とコレぺティなどやるものかと思い、あっさりこの世界を辞めました(笑)
日本の音大でも、伴奏法の授業などはありますし、声楽科の実技試験のピアノ伴奏を依頼されたりと、様々なオペラアリアや重唱を弾く機会はありますが、私がイタリアで見たそれは、まったく違う世界でした。
コレペティとは?
いわゆる「コレぺティ」と呼ばれているそれは、イタリア語では、Maestro collaboratoreといいます。
マエストロと一緒に働く、つまりあり方としては、「ピアノが弾ける指揮者」「指揮者の右腕」なのです。
コレペティに当たり前に求められた能力
「指揮者」ですから、
- 全幕一人で弾きとおせるのは当たり前
- すべての配役のセリフを理解しているのは当たり前
- 歌手やオーケストラの指導ができるのは当たり前
- 全幕弾き歌いができるのは当たり前
- 指揮者が不在の時に、代わりに指揮をして稽古を取りまとめるのは当たり前
です。
それができて初めて、コレぺティとしての仕事が成立することになります。
スカラ座アカデミーの入試課題
ちなみに、ミラノにあるスカラ座アカデミーのコレペティ入試課題は(当時)、
- モーツァルト:フィガロの結婚 第2幕フィナーレの弾き歌い
- ビゼー:カルメン 第2幕 5重唱の弾き歌い
- モーツァルト:魔笛 第1幕 5重唱の弾き歌い
- プッチーニ:ボエーム 第1幕冒頭からミミが登場するまでの弾き歌い
でした。
他に、ピアノソロ(たしかエチュード)、初見課題があったかと思います。
上記のオペラ課題は鉄板で、ほとんどどこの劇場のオーディションを受けても課題に上がります。
つまり、ピアノでいうところの平均律やショパンエチュードといったところでしょう。
ほかに、フィレンツェの歌劇場Maggio Fiorentinoでは、初見課題としてジャンニ・スキッキやアンドレア・シェニエが出てきます。ドイツ語圏ではさらに、ワーグナーやシュトラウスが課題に入ってきます。
イタリア国立音楽院 オペラ伴奏専攻の日々
私もアンサンブルが大好きで、日本の音大在学中からたくさんの試験の伴奏を引き受けていました。
しかし日本で経験するのは、実技試験でよく歌われるアリアばかりです。
時々重唱を担当することがあっても、フィガロの2重唱やボエームの2重唱といった、コンサートでも演奏できそうな場面ばかりで、それはそれで勉強にはなったものの、ヨーロッパの入試で使える経験とは違いました。
大学院でのオペラ伴奏のレッスンはピアノと同様、週に1回60分でしたが、毎回何かのオペラの1幕分を譜読みしていくので、ものすごいスピードで譜読みを進めなければならず、かなり大変でした。
ただ弾くだけでも大変なのに、そこからさらに歌詞の理解などもあるので、目が回るほどの忙しさでした。
ほかに、ピアノソロの実技や副科の実技も履修していたので、とても練習は追いつかないほどの目まぐるしさでした。
イタリアでコレペティとしての仕事
音楽院では、毎年学校主催のオペラ公演があり、そのオペラの制作メンバーとして劇場に入ることができました。
つまり、学生でありながら立派なコレぺティとして、劇場で仕事することができました。
これは、私がイタリアに行った2年目、コレぺティ科に入学する前から経験させてもらっていて、日本の音大ではとても経験することのできない、とても大きな大きな経験の一つでした。
劇場では、朝10時から夜8時くらいまで、オーケストラピットの中に入ってずっとピアノを弾き続けていました。
だいたい2~3人のピアニストでシフトを組んで回しますが、これを3週間ほど休みなく続けるので、それでも肉体的には大変なことでした。もちろん、全員全幕弾ける状態です。
私は10年のイタリア生活のうち、約5年をオペラの世界で過ごしましたが、結果的に「自分に合わない」ことがわかり、その世界とはきっぱり縁を切り、室内楽のほうにシフトチェンジしましたが、この時に鍛えられたことが、日本に帰国後、まさか本を書くことになるとは思わず、何一つとして無駄な経験はないんだなと、この時の経験をとてもありがたく思います。
照喜名良著
器楽曲の分析と解釈: 楽譜の向こう側を読む
AMAZOMにて絶賛発売中!
(読者レビュー)テキスト(言葉)のない器楽曲の分析に、筋書きや場面の描写が緻密に表現されているオペラの書法を当てはめて理解する、という提案が、豊富な譜例と著者の体験、経験を交えてわかりやすく説明されています。
楽譜に手書きのメモが書かれた参考譜例は、著者の語りと共に生き生きとした臨場感と説得力をもたらし、専門書でありながら目の前で著者のレクチャーを受けているようで楽しく読み進めることができました。